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もう1ヶ月ほどにもなりますが、ある上場企業の役員を退任するとともにインドネシア現地法人、社長を退きました。 いわゆる定年、右肩上がりの坂道を上がってきた時代、突っ走って来た世代ですので、このギャップとやらは本人にとっては非常に大きなものがありました。 働いている時は一生現役の生活をしたい、座右の銘を『夢に日付けを』なんて格好いい事を言ってきた自分のおごりもさることながら、本人の使命感は相当なものだっと思います。何ヶ月も前に退任を示達され守秘義務もあり、みなには退職するんだよなんて一言も話せないし、かといって自分でも、正直、強い意志をもってこれから何しようという事を親身に考えていませんでした。 頭の中で空回だけして出口を見出せないでいたのです。 ただただ普通の企業戦士だったんですね。 そんな私は、これからの人生をといっても次の一歩を踏み出せないのは、普通なのかもしれません。
最近、何故かこのような心境の中で読んだ村上龍の『55歳からのハローライフ』、まさに過去を引きずり前へ進めない愛想つかされる登場人物のようでした。

ところが、退職して1週間くらいでしょうか。毎朝来る迎えの車が来ない、仕事へ行くわけでもない、自分で動かなければ誰も何もしてくれない、自分ひとりでは何もできない、今まで出来たと感じでいたことは、仲間が助けてくれたから、部下の皆さんがやってくれいたからだとあらためて強く感じたのでした。 私がいままで仕事で関係させて頂いた方たちとのコミュニケーションはいわゆる背中に会社のロゴを付けて話していたから、みんながそうですねって話しを聞いていただいたのだなあと思うのです。 そういう事は、今迄も、言葉ではわかってはいたつもりではいましたが、本当にそうだよなあって、心の底からそういう心境になったのです。
だから、次への人生ってこの今までの登って来た階段を一旦ちゃんと降りて、組織や上下関係を心底からリセットすることをまずしなければと思いました。 自分を見つめなおして立つ位置を整理し、これからお会いする皆様、ひとりひとりから学び、また、新たな人生の階段を一段一段と登る、自からがポジティブに切り開いて行かねばと思いました。 まさにこれからは一期一会だと自分に言い聞かせたのです。 そう思ったら全てが新鮮になりました。 例えば、道端にひっそりと果実を付けているブルーベリーをみつけるだけで感動するようなって、取り巻く全てが新鮮に感じたのです。 2014-07-09-19-38-56

私は、女房がインドネシア人ということで、好きとか嫌いとかそういうことでなく、家族がインドネシアにいるからインドネシアに住み着いているというのが正直なところです。 インドネシアで居るには、働いて就労ビザがある意味必要です。退職ビザや家族としてのビザも取得できるのですが、この歳から仕事を持たずに趣味で生きるほど趣味や蓄えもありませんし、やはりずーっと働いていたいという素直な自分の気持ちもありましたので、声をかけていただいたある会社に運よくお世話になることとしました。 退職とともに、インドネシアの就労ビザもポアされ、日本に一旦戻りました。 再び、五反田のインドネシア大使館へ行き、初めて自分で査証を申請しました。そのひとつひとつのプロセスがとても新鮮で、まわりにいる初めてお会いする人に教えていただいたきながら手続きを終えることができました。 今迄は、当たり前のようにエージェントに頼んでいたんだよなあ、たったこれだけの事かも知れませんが、この当たり前の事に感謝の気持ちが備わった、錯覚かも知れない、見せかけかも知れない感覚が、芽生えたように感じました。

数えてみれば初めてインドネシア来た時からちょうど20年、インドネシアへ3回目の赴任、いや今度は就職です。 日本に帰港できるという航路を持ち合わせない純粋インドネシアの会社での生活、ぼやっとしていた自分の先行きを心の中で密かに決めたのでしょう。 成田空港で、飛び立つ飛行機に乗ると、自分の中にしっかりとした軸を感じ、いわゆる凛としたようなって言えばうぬぼれかもしれませんがそんな気持ちを持ちました。 この間、たった20日ほどの失業経験でしたが、私にとってはまるで心を入れ替えるかのように、とても大事な時間であったのだと思います。 再び、戻ってきたインドネシアの全てに感謝の気持ちを持って、これからお会いできる方々や機会は一期一会、いつも新鮮な気持ちで切り開いて生きたい、家族を第一に歩んで行こうと、かゆい話しではありますが心に決めたのでした。
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スカルノハッタ空港に降り、イミグレを通り荷物検査が済み、出迎えエリアに出て来ると、家族の笑顔を見つけることが出来ました。まさに、私には『ただいま』とい言葉に変わった瞬間でした。 再び、ジャカルタ、ブカシの雑踏の中に消え、今また黙々と仕事をし、ブカシ高速の渋滞を朝夕と楽しんでいます。この週末からレバランへの長期休暇が始まりました。いつもなら中部ジャワあたりへジャランジャラン、車での旅行を楽しんでいますが、今年は、静かにブカシを彷徨いています。

ブログを休止して7ヶ月が経ちました。再び、キーボードをこの休みにたたき始めました。人生の変わり目に、気持ちを整理する意味でブログを休んでいましたが、また、インドネシアでの身の廻りで感じた事を、日記風に寄稿していきます。
次回をお楽しみに。